大西会計事務所

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今週の考える言葉「虎穴」

考える言葉

虎穴

 「虎穴に入らずんば虎子を得ず(不入虎穴、不得虎子)」(後漢書)。
 
 「危険を冒さなければ、大きな成功は得られない」という意味で使われているが、中国に古くから伝わる諺で、後漢の班超が匈奴との戦いで危機に陥ったとき、部下に言った言葉からだという。
 英語では、「Nothing venture、nothing have(何の冒険もしなければ何も得られない)」という言葉があるそうだ。
 
 昔から大好きな故事の一つで、学生の頃は、麻雀で相手の当り牌を掴んだとき「虎穴に入らずんば・・・」とつぶやきながら勝負したときのことを思い出している。(今思うと、浮き沈みの激しい麻雀をしていたような気がする・・・笑)
 
 今やまさに、リスキーな時代である。リスクを避けては、通れない経営環境にある。つまり、背負うことを恐れ、避けることによって生じてくるリスクがある。つまり、「虎穴に入らずんば・・・」という覚悟が、つねに問われる時代だといえよう。
 
 小生は、「虎穴に入らずんば・・・」という故事の意味は、「決意の強さ」を表現しているのだと考えている。つまり、「何か事を為すとき、その人の強い決意が大きな成功をもたらすのだ」と信じている。
 
 講演などで成功の秘訣をきかれると、必ず、次のように答えている。
 
 「やると決めた以上は何事においても、“覚悟を決めて成果が出るまでやり続けること”です」と・・・。
 新たなことにチャレンジすると、必ずといっていいほど、窮地に追い込まれる場面に遭遇する。本来、そこからがホントの勝負なのだ。窮地に陥ったときこそ、自分を信じ、思い切った決断をする、これができるかどうかなのだ。
 
 “虎穴”に入る覚悟を決めたとき、なぜそう決めたのか?そのときの目的の意義を反芻しながら、不退転の気持ちを強化させる。そうすると、様々な手段や方法が浮かび上がり、いけそうな気がしてくるから不思議だ。
 
 成功する人と失敗で終わる人、その差は何か?一言でいうと、決意の強さではないだろうか。つまり、「“虎穴”に入らずんば・・・」である。価値ある目標を定めた以上は、どんな状況におかれようと、成し遂げる覚悟であろう。
 
 世の中って不思議なもので、「人生は心一つの置きどころ」という言葉があるが、本当にそうだと思う。自らの心にあることしか、出逢わないのである。
 
 「“虎穴”に入らずんば・・・」という強い決意こそが、大きな成功をもたらす秘訣である。自らの選択を信じて、貫き通す心を大事にしたいと考える。
 

今週の考える言葉「奮起」

考える言葉

奮起

   この時期になると、IG会計グループは『次年度行動計画書』作成のための合宿( 11月 26~28日)の準備で忙しくなる。
 
   毎年決まりのパターンであるが、 10月下旬から 11月初旬にかけて、代表(小生)が次年度の「基本方針」を定め、発表する。それを受けて、各分社・部門長は自らが率いるグループの「行動指針」を決める。そして、幹部会において中期計画の進捗状況を検証しつつ、次年度の大枠を決定するのである。
 
   さて、次年度(H28年度)のIG基本方針は次の通りである…。『変革へのリーダーシップ~心を奮い立たせる人材になろう』である。「心を奮い立たせる」つまり、“奮起”を促すあるいは“奮起”したくなる状況をいかにつくっていけるかを思考し、行動する人材を育成する年にしたいのである。
 
   あらゆる業界や企業も今や、「慣れ親しんだ快適ゾーン」から「事業機会溢れるチャレンジゾーン」へと軸足をシフトしないかぎり、成長はおろか、存続すら難しい時代環境である。故に、「心を奮い立たせる」、自他共に“奮起”したくなるようなリーダーシップが求められるのである。
 
   「この人とだったら、なんでもやれそうな気がする!」と思い、感じるような人と出逢ったことはないだろうか……。小生は、そんな出逢いを何人もの人としている。心が安らぎ、落ち着く。同時に、何か新たな“奮起”のエネルギーが沸いてきたのを覚えている。決してカリスマという感じではないが、人をその気にさせてしまう不思議な存在である。今風にいうと、その人の持つ総合的な人間力だろうか…。
 
   小生の好きな『老子』の中に「上善は水の如し」という言葉がある。「水は万物に恩恵を与えながら相手に逆らわず、人の嫌がる低いところへと流れていく」という意味合いがある。ここから学ぶべき 2つの視点がある。
 
   第一は、柔軟性。主体性を持ちながら、相手の出方に応じていかようにも自らの体勢を変えていくという、そんな柔軟性である。相手を受け入れながら、自らも成長していく力である。
 
   第二は、謙虚さ。成功の罠が傲慢と慢心…。傾聴力や共感力、相手との共通項を見出す力があり、コミュニケーション力が備わっている。
 
   水がないと、生物は生きていけない。そんな大きな存在であり、働きをしているにも関わらず、柔軟さと謙虚さを兼ね備えた人をみると、思わず心の中で脱帽してしまう。そして、そうありたいと“奮起”する心が沸き立つのである。
 
   お互いの主体性を尊重しつつ、奮起し合う組織をつくりたいと考える。
 

今週の考える言葉「リスク」

考える言葉

リスク

   「21世紀の世界とは、変化の激しい、リスキーな時代である」といわれて久しい。内外の情勢を観ていても、まさにその通りで、経営の舵取りの難しさを実感されている経営者も多いことであろう。
 
   「経営における“リスク”とは何か?」を改めて整理してみたい。
 
   私たち職業会計人の専門領域の一つに企業会計がある。その会計とは、本来、「計算をする」という意味であるが、「何を計算しているのか」というと、「“リスク”を計算している」のだというのが、小生の持論だ。
 
   会計には大きく、過去会計(=制度会計)と未来会計(=意思決定会計)の領域があると考える。
 
   過去会計は、過去の経営活動の結果をまとめ、利害関係者への報告を目的としている。利害関係者への“リスク開示”をきちんとすることによって社会的な信頼関係が生まれるわけだ。
 
   一方の未来会計は、経営者の意思決定をサポートするための会計であり、意思決定に伴う“リスク”を事前に計算することによって、安心して「“リスク”を取りにいける状況」をつくり出すことに意義がある。
 
   今の経営の困難さは、現状に留まることができない環境に起因している。つまり、変化に適応できるように自己革新するか、または自らが変化を起こし、その中心的な役割を担うか、その勇気を問われているのである。
 
   「“リスク”を冒さざるを得ない」(受動的リスク)というのではなく、「“リスク”を取りにいく(take)」(能動的リスク)という決断であり、それに伴う“リスク”を自らの責任で背負う覚悟である。そのためには、大義が必要だ。
 
   自分のことばかりを考えている人は無難なところに留まろうとするであろうし、“リスク”を避けようとするであろう。しかし、世の中全体のことを考えて生きている人は、どうすれば世の中がもっと進化するであろうか考える。だから、「“リスク”を取る」という勇気が生まれ、何かをやってくれそうな気迫が漂うのである。
 
   ここでいう“リスク”とは、「あるべき姿-現状=差」をいう。あるべき姿(大義)をもって生きている人は、その差(=問題すなわち“リスク”)をどう埋めるかをつねに思考し、行動するであろう。つまり、彼らにとっての“リスク”とは、自らが掲げた目標のことである。ゆえに、必ず実行し、達成するまでやり続ける覚悟ができているのだ。
 
   そして、小生がいう未来会計とは、大義に生きる人が背負おうとしている“リスク”を事前に計算し、必ず達成できるように支援したいと想い、念ずる会計である。
 

今週の考える言葉「シニア移住」

考える言葉

シニア移住

   今春開業した北陸新幹線の恩恵で賑わう古都・金沢で、日本M&A理事総会(10月30日)が開催された。
 
   新幹線かがやき 507号(東京~上野~大宮~長野~富山~金沢)で、約 2時間半の旅だ。車窓から見える北アルプスの雄大な眺め、そして日本海に達して、富山に近づくと立山連峰が続く山並み…、途中トンネルが多いのが少し気になったが、心が和む素晴らしい景色である。
 
   自宅に戻り、週刊朝日を手に取ると「“シニア移住”にやさしい街」特集の一つとして、金沢の「サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)」を運営している「シェア金沢」が全国の福祉関係者から注目されているという記事があった。
 
   小生が思考している「農業城下町構想」と重なるところがあり、“シニア移住”に関しては大変関心がある。だいぶ以前に、大企業に長く勤務し海外を飛び回っていた人が、定年後、田舎の町に住み移り、晴耕雨読の生活を楽しんでいるという話を聞いて思いついたのが「農業城下町構想」だ。
 
   アメリカでは、CCRC(Continuing Care Retirement Community)という高齢者を継続的にケアするシステムが広がっているそうだ。
 
   まだ福祉の支援を受けていない自立した高齢者が移り住み、自然と親しみつつ、それぞれが定年前のキャリアを街づくりに活かし合いながら、コミュニティつくりに貢献して過ごす空間である。
 
   小生の「農業城下町構想」は、地域農業の事業化(地域の活性化と人材の多様化)と中小企業で働く人たちの老後プラン(老後保障をすることによる人材の確保)のマッチングモデルである。お互いに人手不足を解消し、新たな成長戦略を描ける機会をつくりたい。それに、 2025年問題を抱えている医療や介護のモデルも加われば、大変豊かな地方創生の一つのあり方が見えてきそうな気がしている。
 
   自然や人とのふれあいの中で、老後の生きがいをどのように確立させていくかが大きな課題となるであろう。つまり、第一に生きがいの確立、そして自然環境の豊かさがあって、人を中心とした地域とのふれあい…。
 
   日本の田舎は、何処にいっても緑と水が豊富で、心の和む自然環境がある。問題は地域に根ざした人間関係を大切にできるかどうかであろう。良くも悪くも、お互いの顔がよく見えるのが田舎である。
 
   ただ、町で仕事をしていても田舎暮らしでも、人間関系の本質は一緒…。他者への貢献を第一義に考え、行動する人は、つねに生きがいを感じる人である。
 

今週の考える言葉「クチコミ」

考える言葉

クチコミ

   今年も、NBM(第 15期)がスタートした。会場は、例年通り、おなじみのクロス・ウェーブ(船橋)。有難いことに、今年も満席(定員 40名)である。先ずは、各地から集まって頂いた参加事務所の方々に、心から「感謝!」です。
 
   NBMとは、NN構想の会主催の『新ビジネスモデル(New Business Model)研究会』の略称である。2003年に、NN活動の一環としてスタートしたが、15年も続く“ロングラン”(long run)となっている。
 
   大々的なPR活動もしていないのに、ロングランを続けられるのは、一重に常連さんの熱い支持があってのことである。有難いのは、自分のところの若くて、優秀なスタッフの人たちを送り込んでくれるだけでなく、先生ご自身も何度も一緒に参加してくれてグループ・リーダーを買って出てくれる・・・。
 
   実は、それだけではない。同業者の仲間に“クチコミ”までしてくれて、新規参加事務所を増やしてくれるのだから、主催者冥利に尽きる。だから、心のなかは「感謝!感謝!感謝!・・・」のオンパレードなのだ。
 
   顧客ロイヤリティ(CustomerLoyalty、CL)という言葉がある。顧客が特定の企業や商品・サービスに対して持つ高い忠誠心のことをいうのであるが、事業を継続していく上で、大切な要素となっている。
 
   昔、よく飲みに行っていた頃、「行きつけの店」というか「ひいきの店」をそれぞれ持っていて、お互いに紹介し合い、梯子となる。自分の「行きつけの店」に入るといつもの場所に座り、決まりの注文をする・・・(アウンの呼吸で、品が出てくることだってある)。連れてきた仲間を大将やママに紹介をして、延々と店自慢をして、悦に入っている。もちろん、勘定はぜんぶ自腹を切るのである。
 
   今思うと、まさに顧客ロイヤリティである。自らが常連であるだけでなく、まさに“くちこみ”をしてくれるのである。
 
   マーケティングによると、忠誠者にも二通りあって、“クチコミ”でお客さんを紹介してくれるレベルの人を伝播的忠誠者というらしい。もちろん、単に忠誠者よりもランクが高い顧客である。自らの体験を感動的に伝えたくなる、そんなサービスを創造し、提供できたならば、必ずや事業はうまくいくだろう。
 
   NBMの特徴は、一方的に講義を聴くのではなく、参画型の研修である。用意された質問に対して、グループ討議を行い、グループあるいは個人ごとに考えをまとめていき、全体の場で発表し、考え方や情報を交換し合うのである。人間は何でもそうだと思うが、主体的に関わったときに感動的な体験を味わい、“クチコミ”をしたくなるのであろう。
 
   “クチコミ”戦略には、そんな演出も必要だと考える。
 

今週の考える言葉「粘り」

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粘り

   「結果が出るまで、“粘り”強く、やり続けること!」 講演などで成功の秘訣を聞かれると、必ずそう答えている自分に気づく。
 
   学生の頃、「自分は、“粘り”強さ、しつこさが身上だ」というと、「おまえ、余り“しつこい”と失恋(しつこい?)するぞ」といわれ、「いや、“しつこい”ってことは質が濃くなる(質濃い)ってことなんだよ」と、言い返したものである。
 
   さて、冗談はさておき、“粘り”の大切さについて考えてみたい。
 
   日常的な、ルーチン化された仕事ばかりをしている分には、そうでないと思うが、何か新しいことへ挑戦しようとすれば、必ず壁にぶつかり、悩み、惑い、試行錯誤することが多いのではないだろうか。
 
   そんな時、“粘り”ほど、有効な手段はないのではなかろうか…?自らの経験でもそうだが、粘り強く、やり続けていることが、自らの思考と行動を広げ、深めてくれる機会となるからだ。その結果、得られた成功体験は一つの宝となる。
 
   「成功するには、成功するまで決して諦めないことだ」(アンドリュー・カーネギー)という言葉があるように、仕事を成功させる人に共通な特徴の一つに“粘り”強さがある。
 
   ハウステンボスの黒字化を一年でやってのけた澤田秀雄さんもそうだ。再建を引き受けるときの交渉もそうであったが、その後の改善・改革のプロセスにおいても、実に“粘り”強い経営を展開している。だから、いろいろなアイデアが尽きないのである。
 
   では、“粘り”の本質とは何だろう?
 
①主体的である
   粘り強い人は、つねに主体的である。自分の意志で、何事も選択をしている。それ故に、目の前に立ちはだかる壁(悩み、惑いなど)に対して能動的に働きかけることができ、必ず乗り越えることができると確信しているのである。
 
②二律背反(対立や矛盾)を受け入れる
   世の中は二律背反、だから成長できる。それに立ち向かってこそ考える力を養うことができると信じている。「Aを取るか、Bを取るか」の択一ではなく、AとBの統合を粘り強く考えようとするのである。
 
③目的意識を持つ
   目的意識が明確であるから、一つの手段に捉われることなく、目的達成に必要な最良の手段を“粘り”強く試行錯誤し続けることができる。
 
  「結果を出すことを決意し、“粘り”強くやり続ける」“粘り強さ”を身上から信条として意識したいと考える。
 

今週の考える言葉「一期一会」

考える言葉

一期一会

   “一期一会”とは、茶道の心得として昔から広く伝わっている日本のことわざである。
 
   「一期」とは、仏教語で、人が生れて死ぬまでの間の意。「どの茶会でも一生に一度のものと心得て、主客ともに誠意を尽くすべきこと」をいうそうだ。一生に一度だけの機会。生涯に一回しかないと考えて、そのことに専念する意と、考えられる。
 
   それから、「袖振り合うも多生の縁」という故事がある。どんな些細な出逢いでも、深い意味があるのだから、大事にしようという趣旨だ。いずれも、仏教の世界観から生まれた故事・ことわざだと推測する。一言でいうと、「出逢いの妙」を表現しており、同義と考えてもいいだろう・・・。
 
   小生の母は、趣味が高じて茶道を教えているが、茶室の床の間には“一期一会”と書かれた掛軸が飾ってあったのをみて、「なるほど、“一期一会”か!」と妙に納得したのを思い出す。
 
   ずっと後になって、その意味を辞書で調べる機会があったが、その時に感じた通りの内容だったので、その言葉に日本の文化を感じた。
 
   “一期一会”の由来は、千利休の茶道の流れから生じて、茶会の心得として浸透していったのだろうと思うのであるが、ある本で次のような紹介があって、驚いたことを覚えている。
 
   「“一期一会”は井伊直弼の『茶湯一会集』のある言葉です」 江戸時代末期に井伊直弼が、自身の茶道の一番の心得として用いたことから、広く使われるようになったそうだ。「安政の大獄」の首謀者であり、「桜田門外の変」で暗殺されるという人物像とのギャップを感じたからだ・・・。
 
   今思うと、時代の大きな変革期において、「自らの使命とは、何か?」を思考し、自らの信念を貫いた結果なのだろうと思うようになった。水戸藩士の暗殺密謀の噂を聞いても動じることがなかったのもそのためであろう。
 
   改めて考えるに、“一期一会”は大事にしたい言葉である。どんな出逢い(人や場など)でも、最初の出逢いは“一期一会”かもしれない。でも、その“一会”に真心を込めてお付き合いした相手ほど、その後のつながりができて、深い関係性が生れているではないか。
 
   今身近にいる家族や友人、知人、職場などの仲間はすべて、最初の“一期一会”を大事にしたからこそ、長く続いている関係なのである。そう考えると、初めて会う人にはいつもオープンマインドで接し、誠心誠意を尽くし、その出逢いの妙に感謝したいと思う。
 
   縁起とは、因縁生起。因縁によって万物が生じ、起こるという。
過去を省みて、未来を思う、そして現在を大切に、真摯に生きたいと改めて考える。
 

今週の考える言葉「共存」

考える言葉

共存

   チャレンジには、少なからず自己犠牲が伴う。なぜなら、自らが慣れ親しんだ快適ゾーンを捨てざるを得ない状況が生じるからだ。
 
   仕事においても、そうだ。環境の変化が激しい今日、つねに新しい、未来の仕事をつくることへのチャレンジをしておかない限り、未来が描けなくなる。そのとき、最大の敵となるのが今抱えている仕事、つまり、日常業務なのである。
 
   現状における、自らの存在のベースであり、生活の糧として機能している日常業務と、どう折り合いをつければいいのか・・・。いろんな考えや思惑が生じる。当然のことながら、「迷い」が生ずる。
 
   以前に、「優れた経営者とは、現状に甘んじることなく、つねに問題(リスク)をつくりだしている人のことである」という話を聞いたことがあった。何も問題が浮かばないことこそ、真の問題だという。蓋し、名言である。
 
   経営者とは、つねに未来へのヴィジョンを描き続けることができる人である。その意味において、ここでいう問題とは日々に解決を迫られる目先の問題ではなく、「あるべき姿と現状との差」をいかに埋めるかという本質的な問題であるといえよう。
 
   多くの人たちが、日々の多忙やリスクを避けたいという理由から、「短期の楽観、長期の悲観」から脱却できないである。まさに、これがバブル崩壊後、ずっと日本を覆いつくしている問題の本質なのである。
 
   難しい問題の核心にはつねに、「二律背反性」ともいえる対立・矛盾する考え方がある。つまり、こちらを立てればあちらが立たないという二項対立の関係である。「Aを取れば、Bを捨てざるを得ない」という、どちらかを切り捨てるというやり方をすれば、手
っ取り早い解決にはなるのだが、根本的な解決にはなっておらず、もぐら叩きをやり続けるしかないのである。
 
   では、どうすれば根本的な解決を導くことができるのか?対立ではなく、“共存”を考えるのである。「あるべき姿」と「現状」を対立ではなく、“共存”関係で捉えるのである。「現状」とは、過去に何を思考し、行動したかの「結果」である。つまり、「現状」をしっかりと把握することによって、「結果」の「原因」が見えてくる。
 
   そうすると、「あるべき姿」を実現するために、どのような原因を取り除き、またどのような原因を整えればいいのか、明らかになってくるのだ。つまり、「あるべき姿」と「現状」をいかにバランスよくするか、つまり、“共存”させていくかが課題となる。
 
   「迷い」は未来の源泉である。択一による性急な結論ではなく、粘り強く“共存”の道を思考すべきである。