大西会計事務所

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今週の考える言葉「片づけ」

考える言葉

片づけ

   幼少の頃の躾で最も大切なことの一つに、“片づけ”の習慣があげられる。
 
   確かに、「遊んだ後は、ちゃんと“片づけ”なさい」と母親からいわれた記憶がある。
 
   最近も、お母さんたちが子供たちに、そんな注意をしているのをよく耳にする。だが、大人になると、その“片づけ”の習慣がちゃんと身についている人とそうでない人とに、はっきりと分かれているような気がする。
 
   ひと頃、『5S活動(整理・整頓・清掃・清潔・躾)』というのが流行ったのは記憶に新しい。弊社においても、コンサルタントにお願いし、取り組んだ時期がある。確か、5Sの責任者まで決めて職場ぐるみで実施したが、どうだろうか?その活動の成果はどうだったのか・・・。問題意識のレベルが低かったような気がする。
 
   『トヨタの片づけ』(OJT ソリューションズ/中経出版)という本がある。その本の中に、「“片づけ”は雑務ではない。仕事そのものである」という一節がある。何のために“片づけ”をするのか?
 
   ① 作業や時間のムダを省く
   ② 乱雑さから発生するミスなどを省く
   ③ 仕事の効率化を推進する
 
   「生産性の向上」という経営課題に取り組むための手段として、“片づけ”に全社で取り組んでいるというスタンスが素晴らしい。
 
   「歳をとると、何事も面倒くさくなる・・・」というある人の一言で、「面倒くさいと感じたら歳をとった証拠だ」と思うようにして、心掛けてやり出したのが“片づけ”である。日常的などんな事でもいい。朝起きて着替えたら、パジャマをたたむ。ご飯を食べ終えたら、すぐに茶碗を洗う。使い終わったものは、元に戻すなど・・・。
 
   大切なことは、やり続けて習慣化することだ。完了感をいつも味合うことができて、頭の中がすっきりと片づいて、気持ちの切り替えができて、次の仕事への転換がスムーズにいく。そして、心の余裕ができるから不思議だ。
 
   ここまで書いていて、ふっと気になったことがある。ずっと前から、机の下の置きっ放しになっている段ボール・・・。整理棚の中の、一年以上も触れていない過去の書類関係など・・・。片づけの第一歩は捨てることから始まるという名言。それから、最近気になるのがメールやラインの量が多すぎて、返信が遅れがちになっていること。これも、さっさと“片づけ”をしないと、相手に対して失礼になると思いつつ・・・。
 
   “片づけ”は、生産性の向上(仕事の質化・効率化)につながるし、人間関係の良否に関わる大切な仕事である。
 

今週の考える言葉「配慮」

考える言葉

配慮

   先週末(8 月3~4 日)、NBM(第17 期⑥)最終講が終えたばかりである。NN構想の会に参加している会計事務所を中心に声かけをし、新ビジネスモデルの共同研究を行っている勉強会である。
 
   未来会計を事業化するために必要なビジネスモデルの習得、組織体制のつくり方、そして営業展開の手法などについて、グループ討議を通して一年間で学んでもらう内容になっている。2003 年にスタートして、もう17 年が経つ。
 
   同業者が一同に会し、意見を交換し合いながら、自社の成長戦略を描く機会をもてる場は滅多に得られるものではない。グループ討議のテーマは、予め質問形式で準備されているので問題ないのだが、その運営のあり方に課題が残るそれは何か?メンバー相互の“配慮”の力量であろう・・・・・。
 
   というのは、一グループが7~8 名のメンバーで構成され、グループごとに2 日間協議をするので、お互いの意見を交換し合い、衆知を集めるためのいい機会になるはずだが、ほとんど自分の意見を言わない人がいるかと思えば、独壇場で喋りすぎる人もいる。いずれも“配慮”のなさであろう。“配慮”とは、心づかい、気づかい、心配りである。つまり、他人や他の事のために気をつかうことである。
 
   今後、AIに取って代わられる職業がたくさん出てくるといわれている。それは時代の流れであって、避けて通れないことであろう。でも、どんな職業であろうと、AIに丸投げというわけにはいかないような気がする。
 
   それは、“配慮”という行為ではないだろうか。“配慮”は人間にしかできない究極のマナーではないだろうか。AIに向かって、「おまえは配慮が足りなすぎる!」と嘆いてみてもしょうがないだろう。
 
   職業柄、多くの経営者の方々にお会いする機会があるが、優れた経営者は得てして“配慮”の達人が多い・・・。ちょっとした気配りをさり気なくするあたりは、流石としかいいようがない。その行為に全く嫌味がないのである。
 
   NBMも期を重ねるごとに、若い会計人の参加者が増えてきているが、場の盛り上がりが良くなってきているような気がする。学ぶ姿勢が良いのはもちろんであるが、参加者の“配慮”のレベルが、年々、高くなってきているような気がする。
 
   “配慮”の度合いとは、人や物事に対する関心の高さと比例しているような気がする。
 
   優れた経営者に配慮の達人が多いのも、自らの経営に対する関心(=思いの強さ)の高さであろう。また、場の空気を読める人でもある。
 
   AT化等が進むに連れ、“配慮”が仕事における成果のキーワードになりつつある。
 

今週の考える言葉「職業の道楽化」

考える言葉

職業の道楽化

   最近、書棚を整理していると、かつて読んだ良書に出逢うことが多い。『本多静六人生計画の立て方』(本多静六 著)も、その中の一つである。
 
   本多静六博士(1866~1952 年)は、林学博士、造園家、株式投資家で、日本の「公園の父」という略歴の紹介があるが、氏の人生哲学に基づいた『人生計画の立て方』は、感銘に値するほどに素晴らしい。また、とても65 年以上も前に書かれたものと思えないほど、斬新で、普遍性がある。
 
   「人生即努力、努力即幸福」という人生観に基づいた『人生計画の立て方』は、理に適っており、「計画は向上を意味し、努力を意味するもの」であり、人生コースの四分法(教練期、勤労期、奉仕期、楽老期)は、長期的な視野に立った計画目標と計画方法の描き方が明確となり、参考になる。
 
   生き方としては、やはり決めたこと(計画したこと)は「焦らず、休まず、怠らず」で、やり続ける意志力を培うことの必要性を説いていると思う。
 
   これに関連してだと思うが、この本の「我等いかに生くべきか」という章で、“職業の道楽化”について述べている箇所がある。
 
   「好きこそ物の上手なれ」という言葉があるように、実際何事でも好きになるまで努力すれば、自然とそれが必ず上手になれるものであって、努力はついにその人を天才にし、名人にまですると、いう。
 
   まさに、同感である。私たちも普段から、新人研修などを行うとき、「仕事は嫌々していたのでは、いつまでも上達しないぞ。何でも与えられた仕事は、好きになれるように創意工夫が必要だ・・・」と諭している。
 
   氏は、「不慣れな仕事でも、これを天職と確信し、これを命運と甘受し、迷わず、疑わず、最善を尽くして努力するならば、初めの間こそ多少の苦痛は伴っても、いつとはなしその仕事に慣れ、自分もそれに適応するようになって、能率も上がり、成績もよくなり、自然とその仕事に趣味も生じてくる。ついにはそれが面白くてたまらなくなるところまで展開される・・・」
 
   つまり、“職業の道楽化”が達せられたわけで、「あとは全く人と職業とが一体化せられて、その大成功は求めずとも必ず向こうからやってくるのである」という。
 
   “職業の道楽化”とは、実に面白い表現であるが、働くことを価値化するための唯一手段となり得る考え方だ。
 
   「熱心は工夫を生む母となり、努力はまた趣味を生じる父」となる。みんなで、“職業の道楽化”を図ると、日本の生産性は間違いなく向上すると確信する。
 

今週の考える言葉「理念を語る」

考える言葉

理念を語る

   IG後継者育成塾・第5 期生の卒業式が無事終了した(7 月20~21 日)。2008 年9月に第1 期がスタートして、10 年の歳月を経たことになる。
 
   当塾の恒例であるが、卒業する塾生一人ひとりが二年間で学んだ成果をビジョンに込めて、駈けつけてくれた現社長たちの前で、発表するセレモニーがある。少しの緊張と同時に、感慨深い想いが胸に込みあがってくる瞬間でもある。
 
   “後継者塾”の主たる目的は、世代交代期の経営者に求められる「自己革新力」の習得だ。つまり、あらゆる変化に敏で、何故を問うイノベーション力と周囲を巻き込む強力なリーダーシップ力の育成である。
 
   10 年前と比べると、さらに自己変革、イノベーションの重要性が痛切に問われているような気がする。
 
   そんな時代の背景もあってか、今回の発表における内容は、自社あるいは自らの“理念を語る”塾生の姿勢が、強く印象に残った。何を学ぶべきかを、十分に理解したうえで2 年間付き合ってくれていたのだと嬉しく思った。
 
   自己革新を推し進めようとするとき、大切なのはいうまでもなく、ブレない軸の置き方である。その軸とは、まさに理念であり、その人の生き様だ、と考える。小手先のテクニックでかわせるような安直な時代ではない、という健全な危機意識を持ってくれているのであろう。
 
   だが、“理念を語る”ということは、決して生易しいことではない・・・。覚悟が必要だ。崇高な内容であればあるほど、周囲への影響力なども考えると責任が伴う。そのプレッシャー堪えるためには、何が必要なのだろうか?
 
   それは一言でいうと、自尊心であろう。自尊心とは自分を信じる力であり、自らの可能性へのチャレンジ精神である。そして、それは他人を信じることにつながるものだ。
 
   ニーチェの言葉に、つぎのようなものがある。
 
   「自分をたいしたことがない人間だなんて思ってはならない。それは、自分の行動や考え方をがんじがらめに縛ってしまうようなことだからだ。そうではなく、最初に自分を尊敬することから始めよう。まだ何もしていない自分を、まだ実績のない自分を、“人間として”尊敬するんだ・・・」
 
   “理念を語る”ことは、365 日の生き様だ(渡辺美樹氏)。後継者としての自覚が生まれ、その道を一歩踏み出す覚悟が生まれたことだと思う。
 
   素晴らしい発表をしてくれた塾生と見守ってくれた現社長に心から感謝に意を表したい。さて、IG後継者育成塾・第6 期(9 月)がスタートします。ぜひ、ご参加を!
 

今週の考える言葉「まさか」

考える言葉

まさか

   まだ、携帯電話がなかった頃だが、渋谷のハチ公前で待合わせ。時間が過ぎても待ち人現れず・・・。“まさか”事故にでも巻き込まれたのでは・・・?(携帯が普及した今日では、考えられない“まさか”である)
 
   では最近、思い当たる“まさか”・・・。
 
   自然災害(地震、水害、がけ崩れなど)、交通事故(居眠り運転など)、病気(とくに、癌にかかる)、受験や資格の結果、人の裏切り、仕事上のケアレス・ミス等々・・・・・。
 
   “まさか”とは、「予期しない事態が目の前に迫っていること」「どう考えても、そのような事態は起こりそうもないと予想する気持ち」のことをいう。いわゆる、想定外のことをいう。
 
   ある本を読んでいると、次の一節に出くわす・・・。
 
   「人生をなめてはいけない!人生の至る所に落とし穴がある。“まさか”は誰にでも、いつ何時でも起こり得る。それが人生の現実である」
 
   全く、同感だ。
 
   思うに、2500 年前、お釈迦様は人生の本質は苦(四苦八苦)だと悟り、一寸先がどうなるかわからないという未来への不安の苦しみ、それから万事自分の思うようにならないという不満の悩み・・・。その人生をいかに生きるかを説かれたのだと思う。
 
   また、孫子は乱世の時代を生き抜く知恵を「兵法書」としてまとめたが、「兵は国の大事にして、死生の地、存亡の道なり」「彼を知り己を知れば、百戦して殆からず」という有名な言葉を残し、万事に備え、隙を見せないことの重要性を説いた。
 
   順風満帆・・・。人間は、上手くいっているとき、絶好調のときに失敗の原因をつくってしまうということが、よく言われる。何故だろうか・・・?恐らく、過信して、慢心(煩悩)に陥っているのだと思う。
 
   慢心とは、驕り高ぶることであり、つまり、思い上がり。自分の実力以上にできると思ってしまうことである。自分の足元が見えなくなり、周囲との関係性まで疎かにしてしまうことである。
 
   この世は無常・・・。すべてのものは移りゆくものである。自己革新を怠らず、精進することを一時たりとも忘れてはならない。 “まさか”はいつ何時でも起こり得るものだ。
 
   偶然ではなく選択に基づいた経営を、怠慢ではなく計画に基づいた経営をやろうと、心に決めることが大事だと思う。
 
   羽生義治棋士は、結果を出し続けるためには、「実績とは、常にリセットするもの」と語っている。“まさか”への備えを徹底しようと思う。
 

今週の考える言葉「人手不足」

考える言葉

人手不足

   「人手不足 欧米でも壁」(日経新聞7月8 日)という記事が目についた。
 
   世界の最先端を走る日本の少子高齢化がどこへ向かうのか、あとを追う世界の先進諸国が固唾をのんで見守っているといわれてきたが、その一つの現象としての“人手不足”は、欧米でも壁となりつつあるという。
 
   先進国で失業率が下がっているのに、賃金が上がらない。その背景にあるのが、“人手不足”が足かせとなって経済の活力が落ちる供給側の要因だという。つまり、企業は成長への期待を失えば、賃金を上げるのをためらうのだという。
 
   かつて日本にも高度経済成長期(1954~1973 年)というのがあり、世界に衝撃を与え、その後発展途上地域の経済発展のモデルともなったこともあったが、そのときの賃金上昇には凄まじいものがあった・・・・。やはり、企業の成長への期待が大きかったのであろう。
 
   “人手不足”の解消方法として、よく次の二つのことがいわれる。
 
   一つは、高齢者の活用だ。ただ、停年退職後、年金生活をしている人は短時間労働を選ぶ傾向にあるという。
 
   そういう人は、時給が上がると、労働時間を短縮してムリなく働きたいという。
 
   もう一つは、移民の受け入れだ。
 
   だが、移民には賃金を下げる面もあるという。
 
   このように考えると、“人手不足”という問題を、その問題を抱える企業側の都合だけで解決しようとしても根本的な解決に結びつかないということが容易に理解できると考える。
 
   真に“人手不足”を解消しようと思うのならば、先ずは企業自らの人材ヴィジョンを明確にしておく必要がある。
 
   生産的で、働きがいのある職場とはどんな職場なのか?そんな職場を実現するには、どんな価値観をもった人材が必要なのか?高齢者であろうと移民であろうと働く目的、つまり「何ために働くのか?」という問いに応えられるような、人材育成の場や機会を提供する必要があると考える。
 
   私が知るかぎり、世の中から必要とされる人は、生涯現役で仕事をし続けることができる人である。また、仕事をしている以上は生涯において成長し続けることができる人だともいえる。
 
   働き方改革ということがさかんに言われているが、“人手不足”の根本的な改革は働く人の意識改革なくして成し得ないことだと考える。
 

今週の考える言葉「誉める」

考える言葉

誉める

   自ら経営をして、34 年になる。やはり、経営で一番難しい課題は人をどうあつかうかではないだろうか・・・。
 
   昔から、人材育成論に「“誉める”育て方と“叱る”育て方どちらがいいのだろうか?」という課題がある。その優劣を決める前に、経験上、叱るのは簡単だが、“誉める”のは難しいと感じている人が多いのではないだろうか・・・。
 
   何故だろう?上司が部下を見るとき、どちらかというと、欠点や悪いところのほうへ、長所や良いところよりも、目につきやすいからだ。
 
   それに、上司が部下を変えたいと思うときは、その人の言動に悩まされているときである。だから、会話がいきなり問題に対する注意から始まる。相手からすると批判されることから始まる。
 
   では、相手の反応はどうだろう?
 
   “誉める”と、必ず笑顔が戻ってくることが多い。笑顔はポジティブな雰囲気をつくり出す。お互いの共感性は高まり、場のモチベーションが高まっていくことは間違いない。では“叱る”と、どうだろう?相手は顔をこわばらせ、沈黙してしまう。口に出さないまでも、目が睨んでいる。ネガティブな雰囲気が漂い、反感だけが残り、やる気が失せてしまうことになるだろう。
 
   こう考えてみると、“叱る”より“誉める”ことの方が、効用的にずっと大きいのは明らかなのだが、なぜ“誉める”ことに専念できないのだろうか?
 
   よく聞くのが、「“誉める”とすぐに図に乗る」という言葉がある。確かにそんな傾向の人もいるが、単におだて上げるのではなく、“誉める”という行為にはそれなりの努力が必要だし、ルールがあるような気がする。
 
   人は誰にも、良いところがあれば悪いところもある。できるだけ人の良いところに目がいくように、日頃から意識して、訓練しておく必要があるだろう。
 
   特に、怒りぽい経営者は意識して訓練した方がよい。なぜなら、“誉める”ことによって生じる場の共感性は、業績の向上と極めて連動しているという研究レポートがあるという。
 
   それから、おだてる行為と“誉める”行為は、本質的に違う。“誉める”行為は相手に対する敬意の表現であり、良いところをさらに伸ばしてもらいたいという成長への期待である。
 
   人を“誉める”という行為は、正直で、心からの言葉でなければならない。自らの価値観のレベルを高めることで、真に“誉める”という行為が身につくのであろう。
 

今週の考える言葉「やり抜く」

考える言葉

やり抜く

   小生の口癖・・・、「成功の秘訣は、結果が出るまでやり続けること!」 当然のことであるが、途中で諦めた人は、絶対に成功の歓喜を味合うことはできない。それは、過去の失敗から学んだ有難い教訓である。
 
   若い頃、苦境に立つと誰彼となく口にした言葉に、「Never give up!(絶対に諦めるな!)」がある。今考えると、最後まで”やり抜く”ことの重要性をお互いに叩き込み、叩き込まれていたのだと思う。
 
   IG会計グループでは、未来会計の考え方をベースにした「IG式目標管理システム」を徹底活用しているが、やはり成功の鍵は”やり抜く”に尽きる。つまり、一度決めた目標は、どんなことがあっても、知恵と汗を振り絞って”やり抜く”というマインドが大事だと思う。
 
   前回テーマとした”マインドセット”(心構え)にも通ずることだ。とに角、まずは、一人ひとりが最後まであきらめずに”やり抜く”ことだ。
 
   そして、組織においても、各人が”やり抜く”ことを組織風土として培い、習慣化できるようにフォローアップする体制づくりが必要だと考える。IG会計グループでは、報連相の徹底、進捗管理の仕組み、動機づけなどを、互いに意識し、重要視するようにしている。
 
   では、”やり抜く”ために必要な心掛けとは・・・。
 
   ① 先ずは、価値ある目的であるかどうか。
   「何のために・・・」を問う。やろうとしていることは、社会性の高い(自利自他的)価値ある内容か?”やり抜く”のは個人の意志力の強さであるが、それを支えるバックボーンに社会的な意義性が必要である。
 
   ② 熱意と信念は十分か。
   自らが心から楽しんでやりたいことなのか。心底、楽しんでやっているからこそ情熱が生まれ、周囲の人たちの共感・共鳴も得られ、協力者も生まれ、衆知を集めることができる。
 
   ③ 行動に結びついているか。
   ToDoリストが明確に描かれ、やることがはっきりしているので、日々の行動に結びついている。だから、「自分はできる」という確信をもって、揺るぎない行動が生まれる。
 
   “やり抜く”ことが、なぜ重要なのか?
 
   その背景には、独りよがりではなく、その社会的な意義をしっかりと考え抜いた人において、培われるマインドがある。
 

今週の考える言葉「マインドセット」

考える言葉

マインドセット

   先週末(6月15~16日)、『新ビジネスモデル研究会』(NBM第17期⑤)を終えたところである。今回のテーマは「組織論」で、「人材」について考える機会でもあった。
 
   NBMは、『NN構想の会』主催のもと、2003年からスタートして今年で第17期を数え、参加者数も延1000名を超えている。当研究会の趣旨は、「会計人は社会的インフラである!」という理念のもと、参加者同士が互いに切磋琢磨し、時代のニーズに応えられるように、職業会計人として自己革新し続けることを目的としている。
 
   どんな研究会(=学習組織)においてもいえることだと思うが、参加を機会に著しく成長する人もいれば、変化がみられず、日常性に埋没してしまう人もいる。同じ機会を得ながら、格差が生じてしまう・・・、悩ましい問題である。
 
   同じ環境に身を置きながら、なぜ格差が生じるのか?
 
   その一つの重大な原因として、”マインドセット”(心構え、基本精神)にあるのでないか。「会計人は社会的インフラである!」という強い自覚のもと、生産性の高い、稼ぐ人間に生まれ変わり、組織貢献あるいは社会へ大きなインパクトを与える存在になりたいという、ベースとなる”マインドセット”を身につけているかどうかだと考える。
 
   「成功の秘訣は何か?」と問われると、必ず「成果が出るまでやり続けること!そのしぶとさだ・・・」と答えるようにしているが、やり続ける覚悟、そのための”マインドセット”が必要だ。ビジネスで(人生においてもそうであるが・・・)成功するためのベースとなる”マインドセット”は、どうすれば身につくのだろうか・・・?
 
   ① すべては目的からスタートする(目的思考)
   恐ろしいのは手段の目的化に陥ることである。常に、「何のために」を問う。
 
   ② 全体の流れ(一連のプロセス)を俯瞰する(全体思考)
   部分にとらわれず、全体最適をつねに意識する。
 
   ③ 仕事の段取りを描く(逆算思考)
   重要度×緊急度のマトリックスを活用する。
 
   ④ 協働行為で組織を活かす(関係性思考)
   お互いの強みを生かし合い、自らの強みに集中する。
 
   ⑤ 「仮説~実践~検証のサイクル」で勝利の方程式を確立する(仮説思考)
   真のプロは仮説から始める。そして、仮説が真説に変わる。
 
   「価値ある目的を描き、その達成を心から信じ(信念)、行動し続ける」その”マインドセット”をつくるのは自分自身である。さて、あなたはどんな”マインドセット”で、毎日を生きていますか?
 

今週の考える言葉「ドラマ」

考える言葉

ドラマ

   「人生は、“ドラマ”である」 いろんな人からいろんな場面で見聞きしてきた言葉の一つである。
 
   最近、ある会合があったとき、この言葉が脳裏に浮かんで「この会合に集う我々はどんな“ドラマ”を演じようとしているのか?また、世の中にどんなインパクトを与えたいと考えているのか?」と自問・自省していた。
 
   “ドラマ”(Drama、劇)とは、ギリシャ語のドラン(行動する)に由来するらしい。人生には様々な出来事がつきものだが、進むべき方向は自分で選択できる。人は皆、自らの思考と行動で、“ドラマ”を演じることができるのである。
 
   では、我々はどのような“ドラマ”を演じようとしているのだろうか?自らの人生を通して、世の中の進化にどんな貢献ができるのだろうか?どのようなストーリーに命を賭けようと覚悟をしているのだろうか?
 
   我々会計人だったら、会計という仕事を通して、世の中の発展に貢献したいと考えるだろう。ただし、すでに慣れ親しんだ快適ゾーン(制度会計)にとどまっていては、貢献にも限界がある。
 
   では、どうすれば、より大きな貢献を行動につなげるような“ドラマ”をつくり、目的を実現できるのであろうか?
 
   ① 先ずは、視点を変えてみることだろう。世の中は常に変化している。その変化によって様々なリスクが生じている。多くの中小企業が赤字や後継者難に苦しみ、倒産や廃業を余儀なくされているという・・・。
 
   倒産という悲劇を世の中からなくすことに貢献できる会計と何か?もっと経営者の意思決定に役立つ会計を体系化し、提供することができたら・・・、その視点から生まれたのが未来会計というサービスである。
 
   ② 次に、もっと壮大な“ドラマ”にするためには、何が大切か?それはいうまでもなく、共演者との絶大な協力関係であろう。共感・共鳴してくれる人がいて初めて、目的の実現が可能となる。同業者は戦う敵ではなく、壮大なドラマの共演者である。
 
   ③ そして、そのドラマを演じるためのシナリオづくり、舞台装置や小道具をどう整えるのか(ビジョン、戦略、戦術など)。それらを準備するための一日として、「将軍の日」を定期的に開催している。
 
   経営とは、三つの戦い(組織、環境、変化)をしている。人生とは、戦いの“ドラマ”でもある。時流を見極め、かつ独自性のある“ドラマ”を創造できないだろうか。
 
   どのような“ドラマ”を世に問いたいのか。常に自問・自省する機会をつくろうと思う。
 

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